五十六部「差し支えないでしょうか」

理解を求めて愚行に陥る前に、感覚へ飛ぶ。
sanaka/佐藤好縈 2024.06.09
誰でも

大体は、愚行。説明のし過ぎや語り過ぎは格好が悪い。そう、わたしは、いつも醜態を晒していることを自覚しながら説明を行っている者です。それについては、キモノの文化による被害者なのでは?と思うことさえあるのです。「もっとおまえさんがもっと認知されときゃこんなことにはならんかったんだからな!」と、叱ってやりたい気持ちでいっぱいです(うそ)。基本的に話さなくて済むんだったら、説明なんてしたくありませんこっちとら。にしては、語りすぎな訳ですが。聞いてくれてありがとうって訳ですが。

sanakaを始めた当初、キモノが八枚の長方形の布から成る構造体であることを知ってもらう為に[キモノを解いて、sanakaの衣服になるまで]の絵のアニメーションをつくりました。今も重宝しているのだけど、もう絵ではなくて、実際の布を動かした動画にしようって話をしていた矢先、その機会は突然やってきた。

八月の京都のメインビジュアルにしたいと思い立って、六月入ってから撮影を開始しました。計三百カットの写真を全てプリントアウトして、輪郭をカットして、紙によるアニメーションをつくり始めました。

基本的に絵コンテはつくらずに感覚で進めるから、完成がどうなるのか本当に分かっていません。「間」がモノを言うので、感触を確かめながらつくっております。服をつくらず、紙を切る謎の作業をしてもう三日経ってしまいました。〝大変なことになってしまったなー〟と思いながら登ってる山頂こそ綺麗なのを知っているので、ややこしいループには大体自ら入っていってしまう。良いアニメーションが完成して、報われることを祈るばかり。

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