エッセイ「other clothes(あれ以外の衣服)」vol.6
「道徳は常に古着である」ー 芥川龍之介
芥川龍之介氏は、過去の道徳観や倫理観の在り方に囚われることなく認識を更新していくべきだと揶揄する態度で古着を使った言葉を残していますが、現代の方々は古着に対してどんな認識でしょうか。
15年前、わたしが愛知県の古着の街である大須観音や栄周辺を出入りしていた頃と比べると現代における古着の定義は変わってきたように感じています。20代前半の方々が続々と古着屋を出店したり、地方でも無人古着屋が生まれたり、衣服との距離感は常にサイクルして変化しているのだから当然。だからこそ、興味深い。
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先日、毎年sanakaの出品をさせてもらっているお店の方がハフに来店してくれました。その方は古着に詳しく、ハフから15分ほど歩いた場所に古着屋があると教えてもらいました。その古着屋は、ちょうど1年前にオープンしたばかりで24歳の方が運営していると知り、一度行ってみることにしました。階段を上がると踊り場の左隅に「古着屋poalo」と小さな看板があり、外通路に出て一番奥の扉をおそるおそる入ります。店内には既に常連のような方がいましたが、「よかったら何でも試着してみてください」と溌剌とした笑顔で彼は対応してくれました。「古着屋はよく行かれるんですか?」と聞かれ、そういえば古着についてわたしはどう考えてるんだっけ?と静かに脳内で自問し始めました。
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いま、わたしは基本的にsanaka を着て生活をしているので、選べる衣服がTシャツ・シャツ・下着・ソックス・帽子しかありませんから誰かの参考に成り得ません。そして、古着のヴィンテージショップやインポート古着を取り扱うショップでの働いた経験があるものの恥ずかしいくらい何も知りません。メディアがつくるファッションに興味がない。その頃、衣服そのものと人間にしか好奇心が湧かないってまだ気付いていませんでしたが、わたしの中で「古着」の存在を明確にしてみたいと思います。
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古着、それは誰かの生活を経た衣服を清潔でないと捉えることも、何処か遠い国の生活に思いを馳せることもできます。ハードオフやセカンドストリートなどの中古服系、コンセプトに沿ったインポート古着系、こだわりのヴィンテージ古着系、加えてデッドストック古着系、ヨーロッパやアメリカ、カナダなどの国によっても違いがあり、近所のお婆ちゃんが着ていた衣服さえ古着であり、古着の意味はとんでもなく広い。そして、約20年でサイクルするファッションの現在は、Y2Kと呼ばれる2000年代のファッションがトレンドのようで、近年では環境問題や労働環境問題によって古着が再度注目を浴びています。
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まず、そんな複雑な情報の中からものを選ぶとき、基本的に直感を働かせる訳ですが、わたしがものを選ぶ基準を言葉にすると、次の通り。
(1)ものを使い切るという観点
(2)どんなコンセプトをもった古着屋なのか
(3)無い形、もう作れない形を発見
わたしは、ものを使い切るって要素が何かと好きなんだと思います。着古された良い空気を纏う衣服をみてまだまだ着れるな!と感じたり、永く着れそうと選び実際に数年も着ているとうれしさが増してくる。古着屋に限らずですが、オーナーの衣服感覚や商売センス、社会に対するスタンスなどがこぼれ落ちていて、コンセプトを言語化していなくとも形象された空間になっているように感じます。財布には限度があるので、この空間を維持するために投票できるかどうか問いを立てて考えることもあります。又、みたことがない形や圧倒的な手仕事と出会うと、今の時代では帳尻が合わない感性に触れて愉しくなっちゃって、それを持って帰りたくなる傾向がわたしはあります。
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よくよく話をしてみると、常連と思った彼は古着屋の彼と小・中学校の同級生で、偶然にも2人はわたしが住んでいる地域が出身地だと分かり、急に親近感が生まれて話が弾みました。同級生の彼は今でもそこで暮らし牛飼いをして、近所をトラクターに乗って牛たちの餌を刈り取っていると聞きました。翌日、彼が住んでいる家付近を通りかかると、彼が着ていた青いシャツが風になびいていました。たとえ日々汚れる作業でファッションに興味がなくても彼にとってファッションと通じる場が在り、近くで暮らしているけれど彼と此処で出会えたことになんだかうれしい気分になりました。
近年の古着ブームを「多様性の時代に新しい自分らしいスタイルを発見する」と捉えた言葉をみかけましたが、もし情報過多のこの世界で自分らしさを獲得する為に衣服がまだ必要なのだろうし、コミュニティの機能としての可能性が古着屋にはまだ在ると感じました。自分らしさを示す一点もので古着が集まる場所がコミューンと化すとすれば「共同体は常に古着屋に在る」と希望を込めて言い換えることができます。本当に20年でサイクルするならば、お母さんやお父さんが若いときに着ていた衣服を掘り当てると、最も身近な共同体に最も愉快な古着と出会えるかもしれません。
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