六十二部「無感情に至るまで」
来月、高校一年生に講演をする機会を頂いた。さて、何を伝えればいいのだろう。わたしの二十年前と現代では違い過ぎて、今やっている経験が誰の役に立つのか分からないし、きっと話を聞く若者たちも困ることでしょう。せっかくなので、高校一年生の頃を思い出してみようと思う。当時、auから発売された黄緑に光る虫みたいな折り畳み携帯を使っていました。(パケット)通信にお金がやたらかかる頃です。バンド活動をしていたわたしは、ホームページを作ってブログを書いていました。それとは別に自己紹介文を載せる「前略プロフィール」で文章を書き、アナログ的で何人読んだのかそれとも自分で読んだからカウントが増えたのかシステムが全く分からなかったのですが、毎日500人以上のアクセスが在りました。今思えば、エッセイのような行為をずっとしています。高校三年生まで続けていて、他校の生徒から読んでいますよと声をかけられて、こわくなって控えるようになったのも覚えています。(最近では「60秒ラジオ、よく聴くよ」と言われてやめました。)「良い文章を書く」的な本を手に取ると誰かを想定してラブレターを書くようにすると届きますといった内容と出会うのですが、わたしはそれができません。あまりに本人の濃度が高すぎるので、他者にみられるのが恥ずかしくなってしまう。それなら本人に直接送ってしまえばいいなんてことを思うというか、たいてい胸に秘める。
中学一年から入っていたラグビー部。中学校では五本の指に入る落ちこぼれだったわたしが高校に入る為に唯一の頼みの綱であったスポーツ入選。良いタックルをかましたのに、見事に落選。中卒就職さえ視野に入れたわたしでしたが、その頃の先生達が尽力してくれました。小学校のドリルを手渡されたときは、さすがに泣きました。それでも毎日徹夜して八時間以上勉強してなんとか高校に入ったときは、もう一度泣きました。
スポーツ入選であれば強制入部だったラグビー部に入らなくて済むし、落とされたラグビー部なんてこちらから願い下げですと運動なんてするものかと思っていたのですが、あれよあれよと楕円形のボールを持って走っていました。高校三年生たちがとにかく大人に思えて、とにかく格好良くて、最後の試合に向けて夜遅くまで残って一緒に練習をしていました。ナイターの灯りの影に転がった見えづらいボールを追っかけて走ったり、隅っこでパスの練習したり、とにかく練習と文章と勉強のコツを身に付けた頃の高校二年を迎える前のわたし。その頃の自分になんていってあげたらいいのだろう。
どんな経験も無駄だったものは無かったし、ホームページや前略プロフィールはもう無くなったけれど、SNSも本気でやったら仕事になる。よく分からない出来事も意味のあり気な出来事も無駄と思えば無駄で、どう解釈するか。高校生には料理をお勧めしたいなあ。下準備をしておくのは、どんなことも大切。ラグビーはグランド整備してないとできなかったし、着物を解かないとsanakaにできないし、下準備を面倒にさえ感じないくらい沢山やってて無感情で出来るようになって欲しい。そこまでくると何をやっても愉しいよ。(そこまでくるのは大変だけど、面倒な行為こそご褒美とセットでちょっとづつ続けるのがコツ。)
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