四十四部「今世では無理っぽい」
植物もしくは動物、糸をつくるひと、糸を染めるひと、布を織るひと、布に文様を施すひと、布を形にするひと、この流れで衣服ができる。
これまで、それぞれの役割を担うひとたちと出会ってきて、それぞれの役割を発揮した上で、sanakaの形をつくろうと試算すると、現在の販売価格を十倍にしたとしても安過ぎる。購入者からすれば高過ぎる。
現在の生活様式にキモノが合わない理由もこの辺にある。レンタルや現存する物たちだけで回していると、つくる人たちは別の何かをつくらないと生活できない。わたしの望みは、三十五センチの幅の原始的な布を残すこと。
その点、多様な観点から「私服をユニフォーム化して着る人たち」が増えたのは、わずかな希望のように感じる。同じ服を何年も何十年も着るようになれば、キモノのような百年持つ衣服に価値が戻っていくように感じている。(わたし自身、三つのセットアップを順繰りで回してて一年が経つ)
もし、すべての生み出す人たちとsanakaで一つのセットアップをつくって、それが最低価格三十万になったとして、今のわたしが生活者として手は出せるものではない。現実。でも二、三枚もっているだけでフォーマル着として一生着れて、着なくなったら次の誰かに渡せるほどの耐久性が備わっていたら、ううう、ギリッギリ話しは通るかもしれない。
つくる人の生活の話を通しておくことが文化を結果的に残すのだから、様式を追求して提案?いや、ほんの少しずらすくらいの力しかないんだけど、その辺をやるんだろうけど。今世では、無理っぽい。来世に届くようにやっていきましょうか。
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